2013年 04月 02日

摩耶観光ホテルについて26(資料23)

資料紹介23
『神戸名所まや山』まやケーブル、1933〜34年頃


神戸名所まや山 1(表紙)

 ケーブル会社が発行したリーフレット。表紙の写真にはケーブルの線路・トンネル・駅舎、およびマヤカンや展望台等が確認できる。マヤカンの下部が植樹などの整備がなされていないことから、写真はマヤカンの完成直後(1929(昭和4)年秋〜30(昭和5)頃)に撮影されたものと推定される。一方、リーフレット自体の発行年は記載されず、また前出のもので参考となったケーブル会社の所在地も記載されていないため、正確な時期は不明。ただし、以前から紹介している「野田山遊園地」を撮影した写真が掲載され、それらが完成・新設されたものと記載されているため、おそらくは1933(昭和8)年の夏から翌34(昭和9)年頃の発行と思われる。

*ケーブル会社の社史(『六甲山とともに五十年』、1982年)には1933(昭和8)年7月に「野田山遊園地内(摩耶山温泉前面)に植樹、猿舎、運動具の新設、道路の増設完成」と記載(年譜)


神戸名所まや山 2


神戸名所まや山 3


神戸名所まや山 4

 内容は①摩耶山の眺望の良さ(眺望愈廣)、②天上寺の名所、③遊園地、④マヤカン(直営食堂及ホテル・餘興場)をそれぞれ写真つきで紹介している。このうち、遊園地については以前から紹介しているように、ケーブル摩耶駅西側(摩耶山遊園地)と東側(野田山遊園地)が存在しているが、写真は明らかに後者を写したものである。これはこれまで紹介した絵はがき()とは異なり、南側の尾根方向(ベビーゴルフ場)からほぼ同じ高度で撮影されており、遊具や動物小屋などが確認される。また「御子達遊戯設備完成、遊歩道新設」と記載されており、 前述したようにこれらが完成直後であることを示唆している。


神戸名所まや山 5

 マヤカンについては、別のリーフレットでも使用されている写真や、ホテル・食堂の説明や料金表等が掲載・記載されている一方、「 餘興場」については「内外トーキー 優秀映畫上映 其他毎日開演 無料公開」と、映画上映を中心にしたものであることが記載されている。 トーキー(発声映画)は「サイレント(無声映画)」に対して、1920年代から登場し、30年代には日本でも制作・公開されるようになったようであり、マヤカンの営業時期と確かにリンクする。 今では当たり前の映画を、あえてトーキーと宣伝している点に当時の時代を感じさせる。

# by nk8513 | 2013-04-02 15:11
2012年 03月 24日

摩耶観光ホテルについて25(資料22)

資料紹介22
摩耶ケーブル・奧摩耶ロープウェイの乗車券(半券)、1971・69年頃

乗車券 (表)1枚目

 摩耶観光ホテル時代に使用された摩耶ケーブル・奧摩耶ロープウェイの乗車券(半券)2枚。1枚目は表面の下部、2枚目は裏面に年月日と思しき記載があることから、使用されたのがそれぞれ1971(昭和46)年3月(日付は明確には確認できないが、おそらく20日代と推定)、1969(昭和44)年2月23日と思われる。当時ケーブルは阪神電鉄の傘下、ロープウェイは神戸市交通局による運行であり、別々の会社による経営であったが、これらの乗車券からして共通連絡切符が発行・使用されていたことが確認される。ただ形状から記念乗車券的な少数限定のものとも考えられる。
 構図はいずれも摩耶山中腹を中心にして、ケーブル・ロープウェイ、および周辺の「摩耶遊園地」・バンガロー・マヤカン・山頂部の施設などが描かれている。ただ1枚目が以前紹介した広告リーフレットと同じもので、写真をベースにケーブル等を着色付加したものに対して、2枚目はすべて描かれた絵画的なものとなっている。両者の差異としては、2枚目にのみ山頂部右側に展望台(虹のかけ橋)、ロープウェイ左側に天上寺の伽藍などが付加されている。以前紹介した広告等ではこれらの施設もすべて記載されているが、切符の形状から1枚目はこれらが描ききれない。こうした状況からして、おそらく2枚目は1枚目の構図を参考して、摩耶山の観光施設をすべて登場させるために後から作成されたものと想定される。ただし、前述した使用日については1枚目ではなく2枚目が2年ほど古くなっている。この点については、後述するマヤカンの状況と関連するとも想定される。

乗車券 (裏)1枚目

 裏面にシオノギ製薬の広告が記載されている。ポポンSを持っているのは仲代達矢か?

乗車券 (表)2枚目

 さてマヤカンについて、1枚目は西側の一部、2枚目は全体の2/3ほどが描かれているが、いずれも5階建てに増設された形状になっている(1枚目は以前紹介したリーフレットとほぼ一致)。ただし通説では、1967年夏の水害により営業停止したことになっているのに対し、切符の使用日は明らかにそれより後である。考えられる可能性として、一つはマヤカンが営業停止した後もこの図柄が使用されていた、もう一つとしては、実はマヤカンの営業停止が一部資料に記載された1971年頃であった、この2つがあげられる。ちなみに以前紹介したリーフレットもマヤカン営業停止と時期的に一致していない。この時期のマヤカンはケーブル会社の経営から離れてはいるが、それでも摩耶山観光において主要な集客施設であった筈である。もし営業を停止していたならば、マヤカンが描かれた図柄は使用しづらいであろう。この点では、使用日の古い2枚目がマヤカンを全体的に確認できるのに対し、新しい1枚目は構図的に注意しないとわからない程度に切られている。このことから、以下の想定が考え得る。前述のように、1枚目の図柄では切符の形状的制約から、リーフレットでは包含できたマヤカンや天上寺などの施設が入れられないため、これをベースに新たに2枚目の図柄が作成されたと思われる。しかしやがてマヤカンの営業が停止したために、それが目立つ2枚目の図柄がむしろ使用しづらくなった。この結果、マヤカンが切れてしまう古い1枚目の図柄があえて使用されるに至ったという可能性である。単なる考えすぎかもしれないが、これら切符はマヤカン営業停止前後に使用されたものであることは確かなだけに、マヤカンの構図の変化はそれを示唆するとも思われる。

乗車券 (裏)2枚目

 裏面にかつて瀬戸内海を中心した旅客航路を運行していた加藤汽船の広告が記載されている。その上部に使用日と思しき「44.2.23」と印字されている。

# by nk8513 | 2012-03-24 17:05
2012年 02月 17日

摩耶観光ホテルについて24(資料21)

資料紹介21
絵はがき「摩耶山ホテル View of M.T. Maya」、1935年頃?

絵はがき1 摩耶山ホテル View of M.T Maya

 摩耶山温泉ホテル時代の絵はがき。裏面にはタイトルおよび「POST CARD」とのみ印刷され、発行元を確認できる記載はない。「摩耶山ホテル」と題されているが、英語では「View of M.T Maya」となっている。これは元は摩耶山かあるいは神戸周辺をテーマにした絵はがき集の一枚であった可能性を示していると思われる。構図は以前に紹介してきたもの( 摩耶観光ホテルについて20摩耶観光ホテルについて15)と同様に、マヤカン南側からのものとなっている。発行年は例によって記載されていないが、以前から紹介しているケーブル摩耶駅からの木造の覆い付きの渡り廊下(1930(昭和5)年 完成)や、マヤカン前面の「野田山遊園地」の遊歩道(1933(昭和8)年 整備)などが確認できることから、およそ1935(昭和10)年頃と想定できる。色が単調で確認しづらいが、周囲の植物の状態から秋から冬の時期に撮影されたと思われる。上部右の煙突から黒い煙が出ていることが確認できるが、位置関係からおそらくこれは主に浴場用のもので、右際のものは主に厨房用のものかとも考えられる。摩耶山温泉などと呼ばれていたものの、実態は健康ランド的な施設であったことをこの煙突は示唆するものだろう。

絵はがき2 絵はがきの裏面

# by nk8513 | 2012-02-17 17:19


< 前のページ      次のページ >