摩耶観光ホテルについて

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2014年 12月 29日

摩耶観光ホテルについて30(資料27)

資料紹介27 絵はがき(神戸)摩耶山 ケーブルより俯下せる神戸市及其郊外の大観 COMMANDING VIEW OF KOBE CITY AND ITS SUBURB FROM THE CABLE CAR ON MT. MAYA,KOBE.

 摩耶ケーブル開通直後に発行されたと思われる絵はがき。裏面に「神戸元町 栄屋印行」とあることから、同社が発行したものと思われる。詳細は不詳であるが、栄屋印行発行とされる絵はがきが、度々ネット上の情報から確認され、かつその大半が神戸周辺のものとなっている。このことから、同社は以前に紹介した「赤西萬有堂」と同じ神戸に拠点を置いた絵はがき発行業者と推定される。発行年は例によって記載がはないが、以下にあげた周辺地域の状況等から、ケーブル開通直後の大正末期から昭和初期頃と考えられる。

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絵はがき 絵はがき(神戸)摩耶山 ケーブルより俯下せる神戸市及其郊外の大観 COMMANDING VIEW OF KOBE CITY AND ITS SUBURB FROM THE CABLE CAR ON MT. MAYA,KOBE.

 絵はがきタイトルのように、主たる構図はケーブルではなく、ケーブルの上部(展望台?)から麓の地域を写したものである。神戸市とその郊外としているが、大半は現在の灘区に包含される地域で、当時の都市化の状況では、郊外に該当すると思われる。なお灘区の成立は1931(昭和6)年9月、その前身となる西灘村・西郷村・六甲村が神戸市に編入されたのが1929(昭和4)年4月であることから、絵はがきが作成された頃には、神戸市ではなかったと判断される。なお、左下の崖の上部に若干整地されたような所が見られるが、これは1931(昭和6)年5月に完成した「ベビーゴルフ場」と同じ場所と思われ、この当時はまだ完成していなかったと判断される。

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絵はがきから確認される地域

 絵はがきに写された地域を見ると、摩耶山麓の五毛・上野周辺や都賀川以西ではまだ農地が広がっているが、阪急神戸線以南の地域では建物が密集している。こうした状況は、古い地形図で確認すると、ほぼ1923(大正12)年測量のものと一致しているのに対して、昭和初期(1935(昭和10)年頃)測量のものでは、全体的に市街地化が進行している(今昔マップon the web 参照)。よって、この絵はがきは、ケーブル開通(1925(大正14)年1月)から数年内に撮影されたものと思われる。当然、マヤカンの完成以前と想定される。

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絵はがきから確認される交通路

 前述の通り、まだ完全には都市化していないため、主要交通路である鉄道(阪神・国鉄・阪急)や昭和初期に新経路に開発された国道2号線や山麓の道路(上野通・天城通・水道橋筋)などが比較的容易に確認できる。

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絵はがきから確認される諸施設

 交通路と同じく、いくつかの施設(花筵検査所・河内国魂神社・関西学院・小泉製麻・灘変電所・稗田小学校・六甲小学校)も確認される。
  花筵検査所:詳細不明、昭和初期に廃止?(神戸又新日報1923.8.9大阪毎日新聞1931.10.10
  河内国魂神社:五毛天神(Wikipedia河内国魂神社
  関西学院:1889(明治22)年創立、1929年(昭和4)現・西宮市上ヶ原に移転(関学の軌跡) 状況不明瞭のため断定困難
  小泉製麻:1890(明治23)年設立(小泉製麻 沿革
  灘変電所:1923(大正12)年建設(神戸市灘区:建物
  稗田小学校:1921(大正10)年創立(稗田小学校 沿革
  六甲小学校:1886(明治19)年創立(Wikipedia六甲小学校

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絵はがきの裏面

by nk8513 | 2014-12-29 22:38 | Comments(0)


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