摩耶観光ホテルについて

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2008年 12月 11日

摩耶観光ホテルについて17(資料14)

資料紹介14
 竣工間もない頃の摩耶山温泉ホテル (六甲ヒルトップギャラリー蔵)、1929年10〜11月頃

 タイトルの通り、マヤカンが摩耶山温泉ホテルとして竣工する前後の1929(昭和4)年10月〜11月頃に撮影されたと思われる写真。これは「六甲摩耶観光推進協議会」が運営する「六甲ヒルトップギャラリー」に所蔵されていた摩耶・六甲山関連写真群にあったものであるが、それらは基本的に摩耶・六甲の各ケーブル会社の関係者が撮影したものと考えられる。同写真群は数百枚以上にも及び、これらとは別に戦前から戦後にかけての絵はがきやリーフレット類も所蔵されている。よってこの写真は、ケーブル会社によって、宣伝および記録用にマヤカンの竣工前後に撮影されたものであろう。

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写真1 竣工間もない頃の摩耶山温泉ホテル(全体)

 単に記録だけではなくあえて宣伝用としたのは、この写真と同じ構図のものを使用したリーフレット(『摩耶山案内』)が、マヤカンの営業開始直後の1929(昭和4)年12月にケーブル会社から出版されていることから判断した。印刷技術等の問題から細部は不鮮明ではあるが、撮影された方向・構図、および後述する周囲の施設や状況等がほぼ一致する。ただし細部の様子は微妙に異なっており(マヤカンと植物との位置等)、同一のものとは言い難いが、マヤカンの窓の状況等から同じ日時に撮影されたものと考えられる。後者の写真はすでに当ブログで公開しているものであり、摩耶山の名所を写真で紹介する部分の中心に、今回の写真からマヤカンが写っている部分のみを切り取ったものが印刷されている(摩耶観光ホテルについて4(資料1)2005年 08月 参照)。

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写真2 竣工間もない頃の摩耶山温泉ホテル(一部)
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写真3 『摩耶山案内』に掲載された摩耶山温泉ホテル

 とはいえ、この写真は不鮮明なリーフレットのものではよくわからなかった部分、あるいはそこから削除されていた周辺の状況がよく確認できる。それは何よりマヤカン周辺全体の「余りの荒れ様」(ヒルトップ関係者・談)であろう。これらはおそらくはマヤカン自体の工事によるものと推測される。例えば、左上部に確認されるケーブル摩耶駅から左下部の斜面に散乱しているのは、建設廃材の類と思われる。またホテル右側下部とケーブル駅付近に確認できる小屋は、ホテル建設に従事した労働者らが工事中に利用していた建物とみられるが、特に上の高床式のものなどは、明らかに粗末な造りでかつ危険な印象が否めない。こうした状況から、同写真がマヤカンの完成前後のものと理解できるわけだが、かなり粗暴な工事現場とも感じられる。

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写真4 竣工間もない頃の摩耶山温泉ホテル(一部)

 そしていずれにしろ、摩耶山温泉ホテルはこうした「状態」で営業を開始したはずであり、その点でかなり急ぎすぎているように感じられる。そもそもケーブル会社の社史(『六甲山とともに五十年』、1982)によれば、ホテルの工事開始が1929(昭和4)年5月15日、「ほぼ完成」が11月6日、つまり工期は半年程度ということになり、これはコンクリート4階建ての大型建築物を急斜面の場所に完成させるには、あまりに短期間すぎるのではないだろうか。社史の記載が事実とは異なる可能性も有り得るが、仮に事実だとしたら突貫工事的な状況だったとも考えられる。この写真は、そうした経緯を示唆しているのかもしれない。その後、周辺は摩耶山遊園地(社史によると「野田山遊園地」)の一部として、ベビーゴルフ場や遊戯施設等が整備され、また高床の小屋の付近には、駅からホテルまでの木造の覆い付きの渡り廊下(これも高床式だが...)が設置されている(摩耶観光ホテルについて7(資料4)2005年 11月 参照)。よってこれらの小屋や廃材は、この写真が撮影されてから間もなく撤去されたものと考えられる。

補足:社史にある「野田山遊園地」は、マヤカンの南〜南東側にあった公園施設ではないかと以前指摘したが、この付近の小字地名が「野田山」であることを確認した(摩耶観光ホテルについて15(資料12)2008年 04月 参照)。

謝辞:今回公開した貴重な写真は、六甲ヒルトップギャラリー関係者のご厚意により、当ブログ管理者に貸し出していただいたものである。ここに感謝申し上げたい。

by nk8513 | 2008-12-11 04:42 | Comments(0)