摩耶観光ホテルについて

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2009年 10月 10日

摩耶観光ホテルについて18(資料15)

資料紹介15
『春の摩耶山 眺望絶佳 大阪から阪神電車連絡 往復割引たった一圓 』まやケーブル(摩耶鋼索鉄道株式会社)、1934〜1935年春頃

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摩耶山の春 眺望絶佳1


 ケーブル会社が発行したリーフレット。タイトル・表題およびイラスト等から確認できるように、春季用に作製されたものである。イラストの中心に摩耶山温泉ホテルが描かれ、2本の煙突からは煙が出ている。ホテル背後の堂宇は天上寺、その上に沿岸に多数の船舶が浮かぶ神戸港およびその沖に淡路島、ホテルの下部には満開の桜が全体的に描かれている。そして、その中に遊戯施設が配された遊園地が確認されるが、これはホテル・ケーブルとの位置関係からして、以前指摘した野田山遊園地(ケーブル駅西側は摩耶山遊園地)と思われる。


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摩耶山の春 眺望絶佳2

 発行年については、特に記載されておらず正確には不明である。ただし、末尾のケーブル会社の所在地が「神戸市灘区箕岡通四丁目七四五」と記載されているが、社史(『六甲山とともに五十年』1982)の年譜によれば、これは1931(昭和6)年2月にそれ以前の神戸市葺合区熊内橋通一丁目一九番地から移転した場所である。またその後、1936(昭和11)年2月には場所は変わらないものの、番地表記が変更され箕岡通四丁目七四五から箕岡通四丁目六になっている。よって発行はこの間の期間と考えられる。さらに前出の「野田山遊園地」について、社史の年譜では1931(昭和6)年5月に「ベビーゴルフ場設置」、1933年(昭和8)7月に「植樹、猿舎、運動具の新設、道路の増設完成」と記載されているが、このパンフレットには後者の施設を写真・イラストから確認できる。これらから、発行年はおそらく1934(昭和9)年か35(昭和10)年の春頃と推定される(注:最末尾参照)。


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摩耶山の春 眺望絶佳3

 マヤカンについては、前出の資料と記載内容に変化はないが、写真では「まや山ホテル」「まや山食堂」「まや山温泉」と3分、本文でも「温泉」と「食堂及ホテル」として、例によって別々の施設のように描かれている。なお左上の「まや山遊園地」が、社史に登場する「野田山遊園地」(マヤカン南の直下に位置)である。


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摩耶山の春 眺望絶佳4


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摩耶山の春 眺望絶佳5


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摩耶山の春 眺望絶佳6


注:このケーブル会社の所在地等の変更から、すでに紹介している資料の発行年も若干修正および再推定した。本文でも修正したが、以下にも列記する。
摩耶観光ホテルについて8(資料5)2006年 03月
 『春はまや山へ まやケーブル』摩耶鋼索鉄道株式会社、1935年春頃→1937(昭和12)年〜39(昭和14)年の春頃
 このリーフレットは、本社の所在地「箕岡通四丁目六」と表記されているので、早くとも1936(昭和11)年春以降と思われるが、同年夏および秋頃発行と想定される別のリーフレット(以下の②・③)が、元の「箕岡通四丁目七四五」のまま表記されていることから、1937(昭和12)年〜39(昭和14)年の春頃と考えられる。
摩耶観光ホテルについて9(資料6)2006年 04月
 『爽涼 夏ノ摩耶山 まやケーブル』摩耶鋼索鉄道株式会社、1936年夏
 こちらの本社表記は1936(昭和11)年2月以前の「箕岡通四丁目七四五」であるが、同年10月に行われる阪神沖特別大観艦式の紹介があり、また「ハイキング案内」で提示された地図には、同年4月に延伸された阪急神戸線の西灘(現・王子公園)—三宮間が記載されている。よってこのリーフレットの発行年は当初の通り、同年夏頃と想定される。所在地が古い点については、まだ変更した直後で混乱をさけるためか、あるいは以前に発行したリーフレットの原版をそのまま使用したためと推測される。
摩耶観光ホテルについて13(資料10)2007年 05月
 『秋 観艦式拝艦之最好適地 まやケーブル』摩耶鋼索鉄道株式会社、1936年秋
 この本社表記も②と同じ「箕岡通四丁目七四五」だが、同様に観艦式の紹介等から、当初の1936(昭和11年)年秋と考えられる。

by NK8513 | 2009-10-10 00:57 | Comments(0)