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2010年 09月 07日

摩耶観光ホテルについて21(資料18)

資料紹介18

絵はがき集「摂津摩耶山」、赤西萬有堂、1935年頃

 摩耶山温泉ホテル時代の絵はがき集。発行は、裏面に「KOBE AKANISI」と記されており、前回同様に「赤西萬有堂」と考えられる。タイトルは「摂津摩耶山」、7枚セットであるが場合によっては1〜数枚程度欠落している可能性も否定できない。7枚のうち4枚が天上寺の情景であり、タイトルからも同寺を中心にしたものと想定される。発行年次は特に記載されておらず不明だが、後述するマヤカン周辺の状況から、およそ1935(昭和10)年頃と推測される。

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絵はがき1 (摩耶名勝)山上ホテル附近 SANJO HOTERU FUKIN

 マヤカンについては前回同様「山上ホテル」という名称で表現されている。当初は製作元の「赤西萬有堂」の個別的なものとも考えたが、あるいはこの名称が一般に広まっていた可能性がある。ただ今回のものは、山上ホテル附近と題されているように、広くホテルとその周辺地区を南東側から見た構図となっている。これよって、マヤカン自体については他資料と比較すると不明瞭ではあるが、以前から指摘・紹介してきた「野田山遊園地」付近の状況がより具体的に確認できる。
 まずマヤカン左上部(西側)にケーブル摩耶駅と、マヤカン完成(1929(昭和4)年11月)の翌年1930(昭和5)年4月に完成したカバー付きの渡り廊下、さらにその左に後出の絵はがき3で紹介されている展望台(休憩所)が確認される。渡り廊下については以前にも紹介したが、傾斜地に高床式の構造であり、ここでも非常に不安定な印象を受ける(摩耶観光ホテルについて13(資料10)、2007年5月摩耶観光ホテルについて7(資料4)、2005年 11月)。
 その渡り廊下の左下(南側)には斜面を削り、一部を平地にした場所を確認できるが、以前紹介した絵はがき(摩耶観光ホテルについて7(資料4)、2005年 11月:絵はがき集「摩耶温泉土産」の絵はがき2)や六甲ヒルトップギャラリーのオンラインギャラリー(以下、「六甲」と略す)で紹介されたもの(http://hilltop-g.com/jyosetu/jy09.html 現在はサイト閉鎖、2013年11月確認)等を参照すると、これは1931(昭和6)年5月に完成した「ベビーゴルフ場」と考えられる。ただし「六甲」の別資料(http://hilltop-g.com/jyosetu/jy55.html 現在はサイト閉鎖、2013年11月確認)では、同じ場所で子供用の車を動かす様子が確認でき、後に作り換えられたとも推測される(「六甲」ではゴルフ場と別施設(ベビー自動車)と紹介しているが、あるいは一部資料に記述された「ローラースケート場」か?)。「六甲」で紹介された写真の細部を検討すると、ゴルフ場が確認できるものには山裾に小さな小屋が見えるが、「ローラースケート場」のものではより大型の建物(「六甲」では車庫と推測)が確認される。今回の絵はがきでは、いずれかの施設か不明瞭だが、より大きな建物の屋根らしきものが確認でき、おそらくは「ローラースケート場」の時期のものと推定される。ケーブル会社の社史(『六甲山とともに五十年』、1982年)の年譜では、1933(昭和8)年7月に「野田山遊園地内(摩耶山温泉前面)に植樹、猿舎、運動具の新設、道路の増設完成」と記されており、あるいはこの時に改造された可能性もある。
 次にゴルフ場(ローラースケート場)下部(東側斜面)には幾筋もの直線的なラインを確認できる。これらの多くは、造成した斜面の土留め用の設備と思われるが、後述する遊戯施設が存在する場所に接続しているように見える部分は、おそらくは遊歩道と想定される。残念ながらそれらの左側(西側)がどうなっているかは写されていない。
 そしてマヤカンの下部(南側)には、以前紹介した絵はがき(摩耶観光ホテルについて15(資料12)、2008年 4月の絵はがき3 (摩耶名勝)小供遊園地 (Mayasan)Yuenti)や「六甲」の写真(http://hilltop-g.com/jyosetu/jy52.htmlhttp://hilltop-g.com/jyosetu/jy58.html 現在はサイト閉鎖、2013年11月確認)で確認できるいくつかの遊戯施設が確認できる。前出の資料ではその正確な場所の特定が難しかったが、今回の絵はがきでそれがマヤカン直下であることが明確になった。おそらくは野田山遊園地の中心部分と考えられる。これらの場所は、戦後にはまったく利用されておらず、現在は大半が山林化しているが、当時はマヤカンの周辺地区がより広い範囲で遊園地(公園)になっていたことが改めて確認できる。
 なおこの絵はがきと同様のものが、以下のブログでもすでに紹介されている。
  旅と建築と日常:2006年05月26日(http://thoughts.exblog.jp/3507886/

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カバー表紙


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絵はがき2 (摩耶名勝)ケーブルカー THE CABLECAR MAYA


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絵はがき3 (摩耶名勝)山上休憩所より市街遠望 A DISTANCE VIEW OF THE STREETS FROM THE PEAK

 この休憩所は、「六甲」(http://hilltop-g.com/jyosetu/jy20.html 現在はサイト閉鎖、2013年11月確認)をはじめいくつかの文献でも紹介されているが、当サイトで以前紹介した絵はがきにおける休憩所(摩耶観光ホテルについて10(資料7)、2006年 9月の絵はがき3 (摩耶名物)摩耶山休憩所 Mayasan Kiukeisho)とは形態が微妙に異なっており、今回のものとは別物と思われる。ケーブル会社の社史には「遊園地には展望台、無料休憩所、遊戯具などを設備」(46ページ)と記されていることから、前出の建物は休憩所で、今回のものは正確には展望台と判断される。

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絵はがき4 (摩耶名勝)雄峻なる石段 AN ALP FLIGHT OF STEP-STONES


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絵はがき5 (摩耶名勝)天上寺御本堂 MAYASAN TENJOJI HONDO


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絵はがき6 (摩耶名勝)多宝塔 MAYASAN TAHO-TO


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絵はがき7 (摩耶名勝)山上の老樹 THE OLD CEDAR TREES ON MT MAYA

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絵はがきの裏面
 中央に「KOBE AKANISHI」と記載されている。「赤西萬有堂」製作と考えられるものは、すべてこの表記が施されている。

by nk8513 | 2010-09-07 21:16 | Comments(0)