摩耶観光ホテルについて

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2021年 05月 23日

摩耶観光ホテルについて54(資料51)

資料紹介51
「秋のメモ」阪神電気鉄道株式会社、1935(昭和10)年頃
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まや山温泉

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秋のメモ 表紙

 阪神電鉄発行の観光リーフレット。タイトルの通り、秋季の沿線行楽ガイドであり、表紙には紅葉を思わせる木の葉の下を、杖を持ったハイカーが歩くシルエットが描かれている。この中にマヤカンが記載されている。発行年は未確認だが、記載された情報から第二次大戦前の1935(昭和10)年頃と推測される。

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秋のメモ1

 ここで取り上げられている場所・施設等は以下の通りであるが、六甲山と阪神パークでスペースの約2/3を占め、摩耶山など残りが1/3程度となっている。当然のことながら、阪神の直営施設、あるいは沿線にある名所名物等を紹介している。
1六甲山
 六甲ケーブル(1932(昭和7)年開通)高山植物園(1933(昭和8)年開園)・山上遊園地(ケーブルと同時期に整備)・
 山上遊覧バス(1932(昭和7)年運行開始)・東六甲紅葉渓極楽渓など
2摩耶山:天上寺・まや山温泉ホテル(後述)
3甲子園室内プール
 甲子園のプールといえば、後述する阪神パークの西側(現・西宮市浜甲子園1丁目)に1928(昭和3)年に開園した浜甲子園プールがあったが、これは野外のプールであった。ここにある室内プールとは、甲子園球場の東側スタンド(3塁側アルプススタンド)の下に1932(昭和7)年に作られたものであった。参考としたブログによると、「プール内は全面モザイクタイル張り」で「室内の気温は26度、水温は25度に保たれ」、「500人収容の観覧席と夜間照明も完備され、午後1時~5時までは一般公開、午後6時以降は甲子園室内水泳クラブの会員制で運営」されたという。第二次大戦後は閉鎖されていたが、1978(昭和53)年から室内練習場に改造され、現在に至っている。
4松茸狩:六甲山・打出山
 打出山は、阪神打出駅付近と推測されるが、正確な場所はよくわからない。昭和初期の地形図を確認すると、阪神線より北側の国鉄(現・JR神戸線)や阪急神戸線付近まで市街地化しつつあるので、少なくとも阪急より北側の地域(住宅地開発前は主に山林)を指すと思われる。
5廣田山の萩(廣田神社)
 廣田神社後方にある廣田山は、現在「コバノミツバツツジ群落」として兵庫県指定天然記念物となっているが、萩については廣田神社のホームページなどで特に言及されていない。
6武庫川遊園
 阪神武庫川駅周辺に1926(大正15)年から1961(昭和36)年まで存在した施設で、桜、しじみ狩り・ホタル・川遊び・月見などで知られていた。写真にはここに隣接する鳴尾地区のいちじく園が確認される。同地区は阪神開通直後からいちご狩りで有名であったようだが、いちじくのようないちご以外の作物の観光農園も存在していたのだろう。
7海釣り 東濱~西宮
 東濱は現在の西宮市東浜町(東に東川が流れる)付近と思われるが、西宮とさほど距離が離れていないので、あるいは別の場所を指している可能性もある。
8阪神パーク(後述)

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秋のメモ2

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秋のメモ3

 阪神パークは1929(昭和4)年に浜甲子園(現・浜甲子園運動公園付近)に甲子園娯楽場として開園し、32年に阪神パークに改称された。第二次大戦中に閉鎖され、戦後1950(昭和25)年に場所を甲子園球場南東側の場所に移転・再開された。2003(平成15)年に閉園し、現在その敷地は商業施設であるららぽーと甲子園となっている。

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まや山温泉

 摩耶山については最初に天上寺が記載されるが、残りの大半はマヤカン(摩耶山温泉ホテル)の紹介となっている。「モダンマヤ山」という名称は奇妙な表現に感じるが、当時は山中に近代的な施設が整備され、先進的な新しい観光名所として注目されていたと考えられる。ホテル宿泊・休憩料金は、「宿料 三円 四円 休憩料 一円半 二円」となっているが、これはケーブル会社発行のリーフレット()にある「B室」の料金と思われる(料金的にはA室・B室があり、前者のほうが高額となっているが、部屋の詳細は不明)。写真は、以前紹介した阪神電車の社史に掲載されたベビーゴルフ場を前面にしたマヤカンであるが、左端にゴルフをしている人物が確認できることから、別の写真と判断される。

※リーフレットの紹介文
摩耶ケーブルで
佛母摩耶夫人を祀る名刹天上寺に集まる偉大なる信仰は霊山摩耶として名高く、ケーブル直営の四層の白亜楼壮大なるまや山温泉の眺望とホテル食堂公演場等の完備せる設備はモダンマヤ山として御家族連にも又御団体にも好適です
 御便利な連絡券(阪神、バス、ケーブル共)
  大阪より 片道六十銭 往復一円(小児半額)
 入浴料 大人十銭 小児五銭 家族風呂 大人五十銭 小児二十五銭
 ホテル宿料 三円 四円 休憩料 一円半 二円

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秋のメモ 裏面

参考文献
「阪神間モダニズム」展実行委員会 編『阪神間モダニズム 六甲山麓に花開いた文化、明治末期-昭和15年の軌跡』淡交社、1997
阪神電気鉄道株式会社臨時社史編纂室編『輸送奉仕の50年』阪神電気鉄道株式会社、1955
六甲摩耶鉄道株式会社社史編集委員会編『六甲山とともに五十年 六甲ケーブル開業50年史』六甲摩耶鉄道株式会社、1982
阪神甲子園球場 甲子園歴史館 スタッフブログ:http://koshien-stadium.tblog.jp/?eid=166525

# by nk8513 | 2021-05-23 01:48 | Comments(0)
2021年 05月 23日

摩耶観光ホテルについて(目次)


1年表 
摩耶観光ホテルについて1-3(歴史1-3)
摩耶観光ホテルについて3(歴史3) 
摩耶観光ホテルについて2(歴史2)
摩耶観光ホテルについて1(歴史1)

2第2次大戦前の1925~40年頃(主に摩耶山温泉ホテルの時期)
資料紹介1『摩耶山案内』摩耶鋼索鉄道株式会社、1929年
資料紹介4 絵はがき集「摩耶温泉土産」(一部)など
資料紹介5 『春はまや山へ』まやケーブル(摩耶鋼索鉄道株式会社)、1937(昭和12)年~39(昭和14)年の春頃 
資料紹介6 『爽涼 夏ノ摩耶山 海抜2000呎 大阪から阪神電車連絡 往復割引 1円 市バス共』まやケーブル(摩耶鋼索鉄道株式会社)、1936年夏
資料紹介7 絵はがき集「摩耶山ケーブルカー CABLECAR ON MOUNT MAYA」、赤西萬有堂?
資料紹介10 『秋 観艦式拝艦之最好適地 大阪から阪神電車連絡往復割引1円 市バス共』まやケーブル(摩耶鋼索鉄道株式会社)、1936年秋
資料紹介11 『初詣 皇軍武運長久 家運隆昌 祈願』まやケーブル(摩耶鋼索鉄道株式会社)、1939年末
資料紹介12 絵はがき「(摩耶名勝)摩耶ホテル(Mayasan)Maya Hoteru」など(5枚)、赤西萬有堂、1935年頃?
資料紹介14 竣工間もない頃の摩耶山温泉ホテル (六甲ヒルトップギャラリー蔵)、1929年10~11月頃
資料紹介15 『春の摩耶山 眺望絶佳 大阪から阪神電車連絡 往復割引たった一圓 』まやケーブル(摩耶鋼索鉄道株式会社)、1934~1935年春頃 
資料紹介16 『春!! 武運長久祈願 霊峰 花のまや山』神戸名所 まやケーブル(摩耶鋼索鉄道株式会社)、1938~39年春頃 
資料紹介17 絵はがき「摩耶山上ホテル SOUVENIR OF MAYA」、赤西萬有堂、1935年頃 
資料紹介18 絵はがき集「摂津摩耶山」、赤西萬有堂、1935年頃 
資料紹介19 絵はがき集「摩耶山ホテル」「摩耶山遊園地」など、赤西萬有堂、1935年頃
資料紹介20 絵はがき集「摩耶山名勝」、赤西萬有堂、1935年頃?
資料紹介21 絵はがき「摩耶山ホテル View of M.T. Maya」、1935年頃?
資料紹介23 『神戸名所まや山』まやケーブル、1933~34年頃
資料紹介24 絵はがき「神戸摩耶山・まや山ホテル露台」摩耶温泉?、1930年頃
資料紹介25 絵はがき集「摂津摩耶山参拝ケーブルカー(御土産)」、摩耶鋼索鉄道株式会社摩耶高尾駅構内売店
資料紹介26 絵はがき集「摂津摩耶山参拝ケーブルカー」、摩耶鋼索鉄道株式会社
資料紹介27 絵はがき(神戸)摩耶山 ケーブルより俯下せる神戸市及其郊外の大観 COMMANDING VIEW OF KOBE CITY AND ITS SUBURB FROM THE CABLE CAR ON MT. MAYA,KOBE.
資料紹介28 絵はがき「摩耶山全景」など、神戸 岡部商店印刷事務所?、1935年頃
資料紹介29 絵はがき集「摩耶山参拝記念絵葉書」、天上寺?、1930~35(昭和5~10)年頃?
資料紹介30 絵はがき集「摩耶山参拝記念絵葉書」、天上寺?、1930~35(昭和5~10)年頃?
資料紹介36 絵はがき「攝津摩耶山ケーブルカー急勾配ノ景」など3枚、1925~29(大正14~昭和4)年頃?
資料紹介37 摩耶鋼索鉄道株式会社発行の絵はがき、1929~30年頃
資料紹介43 絵はがき集「摂津摩耶山 参拝記念 摩耶ケーブル」摩耶鋼索鉄道株式会社
資料紹介48 絵はがき「MAYASAN HOTEL KOBE」摩耶鋼索鉄道株式会社、1929~30年頃?
資料紹介49 「開設当時の摩耶山温泉」(阪神電気鉄道株式会社臨時社史編纂室編『輸送奉仕の50年』阪神電気鉄道株式会社、1955(昭和30)年)
資料紹介51 「秋のメモ」阪神電気鉄道株式会社、1935(昭和10)年頃

3第2次大戦後の1950年代後半(マヤカンが閉鎖されていた時期)
資料紹介9 絵はがき集『摩耶山 MT.MAYA 総天然色八枚組』1955年頃
資料紹介31 絵はがき集「国立公園 奥摩耶 Okuyama National Park」、1956(昭和31)年頃
資料紹介32 絵はがき集「国立公園 まや山 NATIONAL PARK Mt.Maya」、摩耶鋼索鉄道株式会社、1950年代後半(昭和30年代前半)?
資料紹介34 リーフレット「静かな奥摩耶山荘」、神戸市電弘済会?、1950年代後半?
資料紹介35 リーフレット「日本ユースホステル協会指定 奥摩耶ハウス」、神戸市交通局、1955年?
資料紹介45 リーフレット「国立公園まや山 まやケーブル」、摩耶鋼索鉄道株式会社、1958~60年(昭和33~35)頃
資料紹介47 絵はがき集「国立公園 摩耶山 NATIONAL PARK Maya」、奈良 岡村印刷工業、1950年代末~60年代初?

41960年代、摩耶観光ホテルの時期
資料紹介2 摩耶観光ホテルの案内など
資料紹介3 摩耶観光ホテルの案内など2
資料紹介8 広告「国立公園まや山へ!」、神戸市交通局・まやケーブル、1961~67年頃
資料紹介13 「国立公園周遊指定地 摩耶山」、1967~1970年頃
資料紹介38 映画「春日和」における摩耶観光ホテル(旧・六甲ヒルトップギャラリー蔵)、1966年冬~67年初頭?
資料紹介44 『月刊神戸っ子』における摩耶観光ホテルの広告
資料紹介50 「摩耶山」など(日本国有鉄道編集「旅行画報 トラベルグラフ」No.169、1967(昭和42)年12月)

51970年代以降(主に摩耶学生センターの時期)
資料紹介22 摩耶ケーブル・奧摩耶ロープウェイの乗車券(半券)、1971・69年頃
資料紹介33 「軍艦ホテル」(朝日新聞神戸支局編『兵庫の素顔』海文堂、1977(昭和52)年7月、174-175ページ)
資料紹介42 絵はがき集「国立公園 周遊指定地 摩耶山 NATIONAL PARK Mt.Maya, Kobe」、1972~75年頃(昭和47~50)
資料紹介46 「神戸・異国情緒(Exoticism in KOBE)」雑誌『an・an』(平凡出版社、現・マガジンハウス社)7巻19号(通巻No.155)、1976年(昭和51)9月20日、148~167ページ

6住宅地図(1956~76年)
資料紹介39 住宅地図における摩耶山 その1(1956-64)
資料紹介40 住宅地図における摩耶山 その2(1966-69)
資料紹介41 住宅地図における摩耶山 その3(1971-76)

# by nk8513 | 2021-05-23 01:13
2020年 03月 07日

摩耶観光ホテルについて53(資料50)

資料紹介50
「摩耶山」など(日本国有鉄道編集「旅行画報 トラベルグラフ」No.169、1967(昭和42)年12月)

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 トラベルグラフは国鉄が1951年から1985年まで発行していた旅行雑誌。内容のメインは、各号ごとの特定地域・テーマの特集であるが、グラフや画報という名称の通り、写真を多く使用する(ただし現在から見ると特に多いとは感じられないが…)。また読者から投稿された観光地の写真を掲載するページもあり、写真雑誌的な性格もある。今回取り上げたのは、マヤカンが摩耶観光ホテルとして営業していた頃(厳密には閉鎖直後の可能性もあり、後述)の六甲山や神戸を特集号である。マヤカンが含まれる摩耶山については口絵部分と本文29ページに掲載されており、写真および文章からマヤカンが確認される。

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摩耶山 Mt.MAYA(口絵部分)

 摩耶山(698㍍)へは、急こう配のケーブルと原始林をひとまたぎしてロープウェイで登れ、山上からは阪神の市街と神戸港が一望され、夜景がすばらしい。散布の原始林に包まれて仏母摩耶夫人をまつる忉利天上寺がある。(口絵の説明文)

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摩耶山へ一直線に登るケーブルとロープウェイ

 この写真は、同様の構図のものが複数の資料に掲載されているもので、特に「資料紹介8 広告「国立公園まや山へ!」、神戸市交通局・まやケーブル、1961~67年頃」と同一のものと思われる。ケーブル摩耶駅右下にマヤカンが確認されるが、これは摩耶観光ホテルとして1960(昭和35)年頃に増築改装が施される前の形態となっている。したがってこの写真は、「まやケーブル遊園地」にバンガローや観覧車が設置された直後の1957~58(昭和32~33)年頃に撮影されたと推測され、今回のトラベルグラフ発行の10年前のものということになる。

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きらめく神戸の市街地と港の灯・灯・摩耶山から

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摩耶山の山腹に忉利天上寺

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広告:国立公園周遊指定地 まや山(まやケーブル)

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摩耶山・摩耶山天上寺など(本文部分)

 本文の摩耶山にはケーブル・ロープウェーを乗って摩耶山に登っていく順に名所や施設が記されている。マヤカンは「まや観光ホテル」という表記になっている。

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奥摩耶遊園地からロープウェイと摩耶山天上寺・神戸港を見下ろす

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トラベルグラフ表紙

 トラベルグラフの表紙は、神戸の海岸通から元町駅、北野方面、背後の六甲山が映る構図で、おそらくポートタワーから撮影されたものと思われる。手前の小型作業船がひしめく船溜まりはその後埋め立てられ、現在はメリケンパークの一部となっている。背後の高架道路は1966(昭和41)年10月に開通した阪神高速3号神戸線、その後ろにいくつかの近代建築物が確認される。このうち、左から2棟目の建物は現存する「海岸ビルヂング」(1911(明治44)年 竣工)である。国鉄高架線の右手奥にドーム屋根の建物が確認できるが、これは1980年頃まで営業していたキャバレー「新世紀」(参考サイト:ABC、跡地は現在、1988(昭和63)年から営業を開始した東急ハンズ三宮店)と思われる。
 市街地の後ろの六甲山の山並みは、斜面がむき出しになっている部分が散見されるが、おそらくこれらは1967(昭和42)年7月に発生した「昭和42年7月豪雨」の際に崩落した部分と推測される。今回紹介したトラベルグラフの発行は豪雨から5ヶ月後であり、本文に災害に関する記載はないものの、ここでの神戸特集は豪雨被害からの復旧を果たしていることを示そうとしているとも感じられる。
 ただしマヤカンに関して、通説では67年7月の豪雨で被害を受けて摩耶観光ホテルとしての営業を停止したことになっているが、今回の記事には「まや観光ホテル」として記載されている。単純に確認していなかっただけなのかもしれないが、災害直後という状況を考慮すると、ある程度はチェックしたのではないかとも思われる。以前紹介した資料のうち、絵はがきケーブル・ロープウェーの乗車券なども、ホテルの営業停止後に発行・使用されたと考えられ、また地元・灘区の方のツイッターでも1970(昭和45)年にマヤカンでの結構披露宴に行ったとの証言も確認される。これらのことから、摩耶観光ホテルの営業停止は1970年代前半に下る可能性が改めてクローズアップされる。マヤカンの歴史についての基本参考文献は『兵庫の素顔』の「軍艦ホテル」であり、1967年の営業停止もこれに依拠している。しかし、アールデコ様式をアールヌーボー様式としたり、開業年を「昭和七年春」とするが実際は昭和4年11月であったりと、不正確な記述も散見されており、この資料のみでマヤカンの歴史を固定化する脆弱性を感じさせる。


# by nk8513 | 2020-03-07 18:34 | Comments(0)
2019年 03月 28日

摩耶観光ホテルについて52(資料49)

資料紹介49 「開設当時の摩耶山温泉」(阪神電気鉄道株式会社臨時社史編纂室編『輸送奉仕の50年』阪神電気鉄道株式会社、1955(昭和30)年)

 阪神電鉄の社史に掲載されたマヤカン。社史は第二次大戦後で、かつマヤカンが摩耶観光ホテルとして再デビューする1961(昭和36)年より前の1955(昭和30)年の出版。したがって当時、マヤカンは閉鎖されていたが、写真はタイトルの「開設当時」通り、マヤカンが摩耶山温泉ホテルとして開業した直後に撮影されたものである。以前から参照しているケーブル会社の社史(『六甲山とともに五十年』、1982(昭和57)年)にも、同一の写真が「開設当時(昭和4年11月)」というタイトルで掲載されており、マヤカンの開業時期(1929(昭和4)年11月16日仮営業開始)と一致している。ただし手前に見える「ベビーゴルフ場」の存在から、撮影時期は1931(昭和6)年5月以降とも考えられる(後述)。


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開設当時の摩耶山温泉

 この写真は、フリー百科事典 ウィキペディアの「摩耶観光ホテル」の項でも紹介されているが、マヤカンの古い写真として他の文献にも紹介されている。2本ある煙突の1本から煙が上がっていることから、営業中の状態と思われる。ホテル手前は整地され、芝生のようなものが植えられているように見えるが、ホテルに平行した道路も確認できる。以前から紹介している通り、ホテル下部には「野田山遊園地」が存在しており、道路は遊園地に向かう、あるいは遊園地内の遊歩道と考えられる。 マヤカン以上に注目されるのが、手前にある城郭の天守閣のミニチュアが置かれた施設である。ケーブル会社社史の年譜によれば、1931(昭和6)年の5月に「野田山遊園地内にベビーゴルフ場設置」とある。明確ではないが、6や8と表記されたポールのようなものがあることから、やはりゴルフ場的な施設と思われる。よって、この写真は、この時期以後に撮影されたとも考えられる。このゴルフ場は、以前紹介した絵はがきや神戸市垂水区にある「絵葉書資料館」所蔵の絵はがき:Maya Park 摩耶遊園地周辺 ベビーゴルフ 神戸港観艦式遠望でも確認される。
 ただし、以前存在した「六甲ヒルトップギャラリー」のホームページ上で公開されていた絵はがきでは、同じ場所で子供達が足漕ぎの自動車を漕ぐ光景が撮られている。これと同じ絵はがきが絵葉書資料館に所蔵(Maya Hotel 足漕ぎ自動車 摩耶観光ホテル 昭和11年頃)されているが、このタイトルが「足漕ぎ自動車 摩耶観光ホテル 昭和11年頃」とされている。マヤカンを第二次大戦後の名称である摩耶観光ホテルを使用していることから、このタイトルは絵葉書資料館が独自に付与したものと思われるが、昭和11年頃の根拠は確認できない(最初に紹介した絵葉書資料館の絵はがきのタイトル「摩耶遊園地周辺 ベビーゴルフ 神戸港観艦式遠望」にある観艦式(神戸沖では1930(昭和5)年10月・1933(昭和8)年8月・1936(昭和11)年10月に実施)を考慮?)。ケーブル会社の社史でも特に何も記載されていないが、1933(昭和8)年7月に「野田山遊園地内(摩耶山温泉前面)に植樹、猿舎、運動具の新設、道路の増設完成」とあり、あるいはこの時期に施設が変更されたとも推測される。

 以下は、マヤカンの写真とともに摩耶山関連で掲載されていたもの。また摩耶山に関しては、次のように記載されている。ケーブルの復活(1955(昭和30)年5月)直前の状況とわかる。

 社業の足あと(略史) 七 戦後経営の十カ年(46〜47ページ) 摩耶ケーブルの復活 戦時中鉄材供給で設備が撤去されていた摩耶ケーブルは、当社の傍系事業として十一年ぶりに復活することとなった。このケーブルは山上の古刹忉利天上寺への参詣人誘致をめざし、遠く大正十四年一月摩耶鋼索鉄道株式会社によって開業されたわが国ケーブル界の古顔である。ふもとの高尾駅から海抜四百五十二メートルの摩耶駅まで延長九百三十七メートル、勾配の急なことはその頃東洋一であり、世界でも四番目であった。昭和四年には摩耶駅付近に四階建の摩耶山温泉を開設してホテルや遊園施設をしたが、ケーブルは昭和十九年二月運転休止を命ぜられて晩秋から撤去に着手し、レールその他の資材を高尾駅構内に集積したが、活用もされぬまま終戦となった。たまたま神戸市営をもって山嶺の掬星台よりケーブル山上駅付近にいたる八百十七メートルにロープウェイを架設することとなり、本年六月頃開通を目標に進工中であるが、同社においてもこれに呼応してケーブルを復活することになり、すでに昨二十九年十月工事に着手した。ロープウェイよりも一足お先に四月下旬頃開通の見込みであるが、この両者が相前後して動き出したら、掬星台よりさらに山上バスを通じ六甲ケーブルと連絡するので、一時間余りで摩耶六甲周遊が可能になり、さらに山上ホテルその他の諸施設も神戸市と連携して完備することとなっているから、新しい観光施設として戦前とは面目を一新するだろう。

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山上より港都神戸の東部を望む

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摩耶ケーブル


# by nk8513 | 2019-03-28 16:05 | Comments(0)